ネコは何とか、毒のない葉っぱをかじり、生き延びていました。目の前にある餌に向かって、向かっていいました。
「俺は栄養不足で死にそうだ。もういつ襲ってもおかしくないないから、覚悟してもらいたい」
「僕を食べてもすぐにまた腹が減りますよ。それからどうするのですか」
痛いところを突かれたネコは、怒った口調で答えました。
「どうせ俺に未来はないのだ。ならば、お前は、食われるまでのあいだ、俺の役に立ってくれるのか」
「僕に出来る範囲で協力しましょう」
このヒヨコは何かしら、ものの言い方が上品で、食べ方も何かきざで、それがネコは不愉快でした。
「出来る範囲って、お前に何が出来るのだ」
「あなたの手助けです」
「俺は一体何をすればいいのだ」
「他の動物を見てください。みんな何かを作ったり運んだりしているではありませんか。あなたも何か作ったらいいのでは」
怠け者のネコはそんなめんどくさいことはしたくありませんでした。楽をして生きる、それがネコ家代々の人生……。しかし釣竿が消えた今、そんなのん気なことは言っていられません。
「何を作ったらいいのだ」
突如、潤んでいたヒヨコの瞳、輝きを放ちました。
「マスクでも作ったらどうですか」
「マスク?」
滅多に聴かぬ言葉でしたが、ネコは何度か見たことがありました。たまにクロネコが病人の多いところへ物を運ぶ時、口に何か布切れのようなものを当てていたからです。得体の知れない動物が多く、つばが飛び交っています。ネコは恐ろしい病気を貰わないようにと配慮しているのだと思いました。
「そのマスクは簡単に作れるのか」
「はい。僕の知り合いが、そのマスクについて研究しておりました。僕の言う通り材料を買って作れば間違いないと思います。一番の問題は誰に買ってもらうかですが……」
「それなら大丈夫だ。知り合いにたくさんのクロネコがいる。運び屋だ。同じネコ同士だから、買ってくれるだろう」
ヒヨコはくちばしで蝶ネクタイの留め金を外しました。代わりに松葉でさしてネクタイを固定しました。
「これは拾った黄金です。これで蚕を飼っているタヌキたちから布を一杯手に入れてください。そしてアライグマたちからゴムひも、ワシからハサミも手に入れてください」
黄金を見て、ネコは魂消ました。なぜこんなヒヨコが貴重なものを持っているのでしょう。
「お前、どこで拾ったのだ」
「不思議なこともあるものですね。だれかが砂の中に埋めていたのですよ。隠していたのか、雨で現れたのか……」
ネコはヒヨコから言われたとおり、材料を買いそろえ、運びました。盗まれてはいけないし、ひよこが食われないように、誰も居ない森の中で、マスク工場は出来上がりました。
こうしてネコとヒヨコはマスクを生産し始めました。
……
ヒヨコは自分が王子であるということを名乗りませんでした。そうすれば、ニワトリ王国に迷惑がかかりかねないからです。
ヒヨコはゴムひもを咥え、マスクに通しては、糸を紡ぐ毎日が続きました。出来たマスクを抱え、ネコはクロネコに売りに行って留守になることもありましたが、ヒヨコの足には、頑丈な紐が括り付けられていて逃げることは出来ませんでした。
ネコは売ったお金で、これまで口にしたことがないハンバーガーを食べ、コーラを飲み、うまいと飛び上がりました。さらに豆も買い、ヒヨコに少しだけ豆を投げ、食べさせました。ヒヨコは半分だけ食べ、残りは食べたフリをして隠しておきました。
ヒヨコがマスクを作っていますと、雨が降りました。材料の置かれた大きな葉っぱの下で作り続けました。雨が上がると美しい虹が見えました。ヒヨコは母親を思い出しました。懐かしい世界はどこか遠くに行って、もう二度と戻ってこないような気がしました。でもヒヨコは希望を捨てませんでした。
……
ある日ネコは美しい蝶ネクタイを見て不思議に思いました。
「お前はヒヨコのくせに、何でそんな派手なネクタイをつけているのだ?」
「知りません」
「このあいだの黄金の留め金といい、その生地といい、まるで宝石のようではないか」
「そうなのですか」
「ちょっと見せろ」
ネコが松葉を取って蝶ネクタイを調べると、何と「PLINCE(王子)」とあるではありませんか。
ネコは疑いました。このヒヨコはとぼけているが、実はニワトリ王国の王子なのではないか。ならばこの王子を届けると金になるのか? いや、金に忠実なシェパードに発見されれば、俺は誘拐犯として檻にぶち込まれるのではないか?
「そういえば、一体何でお前は空から落ちてきたのだ? 飛べないはずのお前がリンゴのように落下するなど、おかしいではないか」
ヒヨコはただ目を潤ませるだけで、何も答えようとしなません。
考えるほど、ネコは不思議に思いました。こんな小さなヒヨコがマスクを作って売ろうという知恵を持っていることもふつうではありません。王子として英才教育でも受けていたのではないのかと想像しました。